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2015年 05月 31日

【DB7】宣言

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今日で、何が何でも完成させるぞー
ーヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3



、、、おやすzzz...

by tm144en | 2015-05-31 07:46 | BIMOTA DB7S | Comments(0)
2015年 05月 30日

優秀遺伝子

今の私は、多大なる祖父の影響を受けている。

だいちゃんガレージこそ、その真髄である。幼い頃に見た祖父の作業場、通称『無線室』と瓜二つなのだ。
(無線だけは影響を受けなかったが、それは時代のせいもあるだろう)

幼稚園位から、中学1年生位までは毎週末必ず祖父の家に泊まりに行っていた。私は、祖父の家に行く事が楽しみで仕方がなかった。
幼い私にとって『無線室』は、まだ小さかった想像力を無限に広げる空間と言えた。
置いてあるものはドリルやサンダーを始め、およそ子供が触れてはいけないような物で溢れていたが、私にとってはそれは単なる『おもちゃ』でしかなかった。
先の電圧テスターにせよ、一眼レフカメラにせよ、山のような工具にせよ。。。。
(無線機だけは触らせてくれなかったが。。。)


時は流れ、ふと気がつけば幼い頃にいつも遊んでいたあの『無線室』と同じ空間に、毎週末通う生活をしている。この空間が、一番心が落ち着く。
誰の強制を受けたわけでもない。自分の意思で積み重ねてきたことによる結果のはずなのに、まるで跡を追うかのように。

バイクも然り。
祖父は、当時北海道で一番最初にバイクに乗り始めたと豪語していた。
その真意はともかく、新しいバイクを買っては、イジり倒して人にあげていたそうだ。
その台数は半端ではない。

愛車第7号車【トーハツTFLE】
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愛車第9号車【独国製ビリヤス】
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愛車第10号車【英国製ホフマン】
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愛車第11号車
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愛車第?号車(と、母?)
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そして、、、
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No.19の文字が。。。

まぁ、全所有台数が19台なのだとしたら、私の勝ちだが(笑)

《余談》

祖父によく車に乗せてドライブに連れていってもらっていたのだが、その車の名前を『ジープ』と呼んでいた。
車の形をよく覚えていないのだが、緑色で小さい車だった。そしてその排気音が今でも私の耳に焼きついている。

今から30年程前の『ジープ』と呼ばれる車なので、当初ミツビシのジープかと思った。しかし、現車を見るとまるで違う。大きさもそうだが、『音』が違うのだ。ディーゼルエンジンの音ではない。

しかし、『ジープ』と名のつく車は他には見当たらない。
もしかすると、ニックネームだったのかもしれない。所謂、第二次大戦で使用されたジープを文字っていたのだろう。
要するに、姿形の似た車と言える。

となると、一つ思い当たる節がある。

『スズキジムニー』だ。

しかも、2ストモデル。

そしてその予想は的中した。現車の音を聞くと、まさにあの『音』。2ストの乾いた排気音と、そして匂いまでも同じなのだ。私の中に眠っていた記憶が蘇った。

幼い頃、私は2ストのジムニーであちこち連れて行って貰っていたのだ。
だから、私は2ストの音が好きなのだ。いや、『好き』というレベルではない。『落ち着く』と言った方が適切である。
そう。それはまるで、母親の子守唄の様に。。。

by tm144en | 2015-05-30 08:28 | Comments(2)
2015年 05月 29日

なるべくして、なる

幼少期に置かれた環境が、大人になってから大きく影響する。

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これで、大人になってからバイクに興味持たないハズがない。


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これだもの、テントを居心地良く感じるさ。
ちなみにこれ、家の中。

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ms-dosより以前、『88(ハチハチ)』と呼ばれるパソコンをイジる傍らにあるのは、カメラのエアダスター。
奥のテーブルの上には電圧テスター。その下にあるのは工具箱。


30年前と、なんらやってることが変わってないんだが、『成長』とはなにかね?

by tm144en | 2015-05-29 08:54 | Comments(0)
2015年 05月 28日

【DB7】バッテリー配線

時系列は前後しますが、、、

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バッテリーをリチウムにすることで、バッテリーのプラスとマイナスの線の取り回しも変更が必要になります。
まぁ、そこまでしなくても、無理矢理つなぐことは出来そうですが、線が余ってるのを見過ごすことは出来ません。

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アース線のぶっといヤツも、容赦なく切断。

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プラスの方も、長さは余るので切断します。
画像はレギュレーターレクチファイアからのびてくる線と、セルモーターリレーにつながる線をいっしょくたにしたもので、ヒューズボックスに伸びる線は別になります。

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こういう状態ですね。
これも、

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長さを合わせて、

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切断!

、、、おっと?
なんと、レギュレーターからのびてきた方の銅線が酸化して黒くなってるじゃないですか!!
これって、ダメじゃね!?

念の為、切り取った方の線の被覆を全部剥いてみると、、、

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あら〜、ずいぶん黒いですねぇ。
下がバッテリー側ですから、酸化はレギュレーター側に及んでるってことですね。

ちなみに、抵抗値を計測してみると、

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同じ太さの新品の線の抵抗値がメーター読みでゼロなのに対し、

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酸化銅線の方は、およそ0、2Ω。
ただこれは、導線の抵抗というより、テスターの棒を当てた酸化した表面の抵抗って感じですね。その証拠に、テスターの当てる位置を変えると抵抗値にバラツキが現れ、最高で10Ω程の場所もありました。

レギュレーターに繋がる、コネクター部分までの配線を全部ひん剥いてみると、

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こりゃいかん!!

これは、線を新品にしなきゃダメでしょう。
この線は充電に関わる部分ですから、最悪充電不足のバッテリー上がりになってしまいますし、リチウムイオンバッテリーとしては致命傷になりかねません。

発見できてよかったぁ〜☆

ただ、こうなった原因を追求する必要がありますよね。
場所が、
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エキパイに近いので、熱が原因かな〜、、、とも思ったのですが、表面の被覆に熱の影響を受けた痕跡はありませんし、第一銅線に熱を加えると、

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この様に青白くなりますからねぇ。

となると、原因はやはり水?
その観点で考えてみると、

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バッテリーに繋がっていた端子のこの『穴』がアヤシイですね。
絶縁チューブがこの穴を塞いでいなかったので、もしかするとこの隙間から少しづつ水が侵入したのかもしれません。
ただ、銅線に湿り気はありませんでしたから、空気だけが侵入して、先の熱が酸化を促進させたか?

ーーーーーと、ちょいと理科的な限界がきてしまいましたが(苦笑)

とりあえず、新品に交換して様子見でしょう。

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端子はこれらを使用します。
アース側もそうでしたが、何本かまとめてカシメてあったので、サイズはもっと大きい物だったのですが、同じサイズにするとなると手でカシメる工具が存在しないので、小分けすることにします。

とはいえ、若干容量が足りないのですが。。。3mm2程。
まぁ、いいか(笑)

そんなわけで、

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バッチリ修繕しときました。
防水対策も完璧☆
熱対策は、線より大きいスミチューブで覆うことで中に空気層を設け、熱伝道を和らげているつもりです。
はい。『つもり』です。

まぁまぁ、良い仕事したような気がしますね??

by tm144en | 2015-05-28 04:46 | BIMOTA DB7S | Comments(4)
2015年 05月 27日

【DB7】バッテリーケース加工(後半)

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さて、エレキバンだらけになったバッテリーケース。
これで 完成のつもりだったのですが、一つ気になることが。。。

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ど〜〜も、重い!

超高級仕様のDB7様でありながら、見えない所は以外とフツーの材料を使っています。
ECUの固定プレートとこのバッテリーケースのスチール仕様は、完全に安っぽくて浮いてるんです。

まぁ、それは良いとして。

リチウムイオンにすることで、バッテリーの重量が70%以上軽量化されるので、バッテリーケースの強度に『お釣り』がでます。
すなわち、必要ない分の強度を削ぎととして、軽量化する事が出来るのです。

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まぁ、かなり大雑把ですが、粗方削ぎ落とし箇所をマーキングします。

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そして、ドリルで穴だらけにしていきます。
その後、リューターで整えていきます。

なんせ、直前に

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こんなもの見たのが、元凶だったのです。
かれこれ4時間程格闘し、、、

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502グラムから365グラムになったので、137グラムの軽量化を達成しました。

まだまだ削ることは出来ますし、仕上げももっと綺麗に出来ますが、、、

スンマセン、これで勘弁してください!!!

(こんな大きく横道にそれてしまったので、5月中の完成は無理そうです 爆)

by tm144en | 2015-05-27 04:24 | BIMOTA DB7S | Comments(0)
2015年 05月 26日

【DB7】バッテリーケース加工(前半)

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さて、リチウムイオンバッテリーを使用するにあたって、『少々』バッテリーケースの方を加工します。
純正で採用されているバッテリーへの振動対策が、穴にゴムを差し込むだけというシンプルな構造でしたので、せっかくですからそのままそれを引き継ぐ形をとることにします。

ちなみに、バッテリーケースは、M6のスクリュー2本だけで前シリンダーに直接固定されていました。

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まずは、リチウムのサイズをケースにマーキングします。

その後、要所要所に7mmの穴を開け、ゴムをハメていきます。

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なんか、ピップエレキバンみたい(笑)

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これでバッテリーのコリもほぐれるかな?笑

ーーーーーで、手前と右側に関してはスペースが余るので、

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バッテリーを買った時についてきたスポンジを詰めます。

「スペースの有効りようは?」という声が聞こえてきますが、それは右から左に受け流します。

ひとまず、取り付けに関してはこれで良しとします。

ただ、ここでやめておけば良いものを、、、(後半へ続く)

by tm144en | 2015-05-26 08:06 | BIMOTA DB7S | Comments(0)
2015年 05月 25日

【サンバー】プラグ交換(38852km)

エンジン掛からないったら、

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普通プラグでしょ。フツー。

BKR6E

普通にホーマックに売っててヨカッタヨカタ。
しかも、サンバーは4本なので、2本売りを2個で済むのでラッキー??

しかし、気づけば40000キロが目前なんすね。
去年の千歳勤務で大幅に延びましたね。
そろそろ色々点検してあげたほうが良いでしょうね。バイクと違って軽トラは殆ど放置プレイなんで。
エアーエレメントとか、燃料フィルターとか、なんか色々あるでしょう。

でも、その前に夏タイヤに交換しないと(笑)ワイパーも(笑)
でもってオイル交換も。

その為には、DB7とチャレンジを終わらせる必要がある訳で。。。

by tm144en | 2015-05-25 12:08 | SUBARU SAMBAR | Comments(0)
2015年 05月 24日

【チャレンジ】前後スプロケット

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キターーーーーー??

これで、チャレンジが激変するぜ!!

純正は、フロント15T、リア47Tでしたが、これをフロント14T、リア52Tに変更します。
リア8T分ショートに振った形になります。

今までのファイナルではアベレージ速度が高すぎると言いますか、ラリーレイド向きだったんでしょう。ロードの走行や広くて真っ直ぐなダートなら申し分無かったのですが(と言っても3、4速)、小狭い林道にはちょっと合いませんでした。

今回チャレンジは、オフロードスペシャルマシンとして生まれ変わるので、このファイナル変更はまさに真骨頂と言えます。

私の感覚ではでは、チャレンジはフサベルとtmを足して2で割ったようなマシンなので、このファイナル変更によって、私を官能の世界へ誘ってくれるでしょう。

いやぁっは〜〜〜〜☆☆\(^o^)/☆☆

by tm144en | 2015-05-24 02:15 | BMW G650x challenge | Comments(0)
2015年 05月 23日

【チャレンジ】チャレンジに乗るにあたってのウェアー考察7

ブーツが無い。

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これと決めていた、FORMAのDOMINATOR COMPのブルー。どうやらこれは旧モデルらしく、メーカー在庫なしとのことでした。
フィールドシアーも無い、SPYKEも無い。2度あることはなんとやら。

DOMINATOR COMPはニューモデルが出ていて、そちらは入手可能なんですが、

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白と黒しかない。
ラインナップが保守的だなぁ〜(笑)イタリア人なんだから、もっと攻めようぜ!!

ーーーーそんな訳で、ウェアーもまだ決めかねている段階で、ブーツも再考察を余儀なくされました。

しかし、FORMA以外のブーツはどれもピンときません。
仕方がないから白でいいか?、、、とも考えましたが、ヘルメットはブルーを買ったので、今更ブーツを白には出来ません。
そうなんです。ヘルメットとブーツ同時にユーロネットさんで購入したのですが、ブーツは無いものの、ヘルメットだけが発注となってしまったのです。
ブーツがないのはユーロネットさんのミスですが、ヘルメットの購入手続きに関しては問題はありませんので、今更キャンセルというわけにもいきません。

んじゃ、どうしようと考えた挙句、染めQ?

あ、だったら、こっちにしようか?

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憧れのスニーカーソール??
これを真っ青に塗っちゃう作戦か?

いやいや、でも、本当にスニーカーソールで良いのか!?
このソールは、ステップワークには定評がありますが、ヌタ場などでの『押し』には甚だギモンが残ります。というか、全く向いて無いでしょう。
元来のモトクロスソールであれば角が出ているので、それを地面に突き刺す様にして足元のグリップを稼ぐことが出来ますが、スニーカーソールでそれは無理でしょう。
エンデューロソールも、粘土質な土が詰まれば全くもって機能性を失うばかりでなく、こびりついた土で重量が増す最悪なソールです。しかも、ステップワークは最悪ばかりか、むしろ危険。
エンデューロソールは、乾いた路面で、ステップワークを知らない初心者が、ステップのエッヂが効いてないマシンで、シートにどっかりと座り、両足をパタパタさせながら乗り、山菜を採る事の方が楽しみ、という方向けのブーツなのです。

ーーーーーー話が逸れましたが、さてさて、FORMAのHPを見てみると、何やら怪しげなブーツが。。。

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これいんじゃね!?


その名も『PREDATOR』
フランソワーなカラーリングがまたオサレで良いですね!

DOMINATOR COMPは、以前履いていたブーツと作りが似ていたのがやや気に入らない点でしたが、このPREDATORは全くの異質。
しかも、足首のヒンジが2箇所あるようにも見えますが、、、!?

一応フラッグシップ的な位置付けのようで、値段もDOMINETOR COMPより高いのですが、今回ユーロネットさんのミスということもあり、10%引きにしてくれるという誠意。
よって、1100円の追い金でゲットん出来ちゃいました☆

いやぁ〜、むしろこっちの方が良かったべ〜??
結果オーライ☆

by tm144en | 2015-05-23 06:54 | BMW G650x challenge | Comments(5)
2015年 05月 22日

札幌の記憶

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札幌市北区。北24条の飲屋街があるこの街で生まれ育つこと30年余年。かつてその街には飛行場がありました。

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北24条飲屋街から西へ、歩いて5分程の位置に、それは唐突にあります。

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80年以上の年月を重ね、今尚歴史を語り継ぐ、

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『札幌飛行場正門跡地』

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《歴史》*Wikipediaより

1926年(大正15年)8月 - 北海タイムス社が事業部に航空班を設立する[4]。
1927年(昭和2年) - 北海タイムス社が市有地に6.6haの飛行場を造成する[4]。
1933年(昭和8年)
3月 - 逓信省が53haに拡張を決める[4]。
8月 - 逓信省が航空局を設立する[4]。
1936年(昭和11年)
9月 - 飛行場が整備され、航空局札幌飛行場事務所が設置される[4]。
10月8日[5] - 陸軍特別大演習の観兵式(陸軍兵25,000人参加)が開かれる[1]。
1937年(昭和12年)
2月 - 公共飛行場に指定される[4]。
4月 - 日本航空輸送によって、札幌 - 東京間の定期航路が運営される。所要時間は仙台経由で5時間10分[4]。
1938年(昭和13年) - 丸井今井の屋上に航空灯台が設置される[4]。
1939年(昭和14年) - 事業者が国策会社の大日本航空輸送となる[4]。
1940年(昭和15年) - 企業による航空事業は停止され、軍用飛行場となる[4]。
1944年(昭和19年)8月 - それまでの草を刈って整地しただけの滑走路から、板敷滑走路に変わる[4]。
1945年(昭和20年)
8月 - 市民を動員して100haへの拡張工事が行われるものの、太平洋戦争の終結とともに中止される[4]。
10月26日 - 進駐軍の軍需機材処理部隊によって、26機の航空機もろとも火炎放射器で焼き尽くされる[4]。


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1927年から1945年までの20年弱の間しかありませんでしたが、当時の北海道では東京への定期航空路として唯一の飛行場として大変重宝されていたことでしょう。

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しかし終戦後の10月26日、26機の航空機もろとも火炎放射器で焼き尽くされるという悲劇の終わりを遂げるのでした。
私がこの地に生を受けたのは、それから34年と1日後のことでした。

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今となっては住宅密集地で、かつて飛行場があったなどとは到底伺い知ることはできませんが、

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滑走路はこの北区役所から北西に延びていたそうです。

そして、ここよりもう少し北に向かった所に、東西に続く長い緑地公園があるのですが、そこがかつての暴風緑地帯だったそうです。

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今まで通っていた道、遊んだ場所のかつての姿を知ると、とても感慨深いものがあります。

自分が生まれ育った土地の歴史を知ることは、ひいては自分の存在意義にも繋がり、生きていく意味を考えるきっかけになります。
目の前に広がる場所の歴史を知った時に感じる、言い知れぬ高揚感の正体は、きっと『生きることへの勇気』なのかもしれません。

これからも、こういったその土地土地の歴史を知っていくことに、貪欲になっていこうと考える今日この頃でした。

by tm144en | 2015-05-22 07:04 | Comments(2)