カテゴリ:だいちゃん史( 6 )


2017年 03月 22日

真のバイク乗り(後編)

(5)BMW R1200Cモントーク

2010年5月16日。稚内の日帰りツーリングの帰りすがらのことだった。札幌まであと50kmという所でガス欠。

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どうしようかと考えていた矢先、ちょうど良いタイミングで知り合いからの着信。ガソリンを持ってきて貰うことになった。

そういうことなのだから、だまって待っていれば良いものを、なぜか『押し』始めたのであった。300kgに迫る巨体を、なかばやけくそになりながらも、押せるだけ押した。

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厚田の海岸沿いをおよそ3km。2時間程の『押し』であった。
セイコーマートに到着したのとほぼ同時に、ガソリンを積んだ知り合いが駆けつけてくれたのであった。

その時の記事はコチラ


(6)BMW K1

私の『押歴』のなかで、最も過酷だったのはこのK1である。

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2013年8月15日。この時も稚内を目指していた。
ガソリンスタンドまであと少し、という所でガス欠。

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距離は4km程で、時間にして1時間ほどではあったのだが、なによりあの巨体。そして勾配をずっと登る状況だったのが、なにより大変だった。

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ストリートビューの画像では、あまり勾配があるようには見えないが、ほんの少しの勾配ですら、あの巨体を押すのは全身全霊の体力を使う。

納車して、初のツーリングでの出来事だった。


(7)BMW G650xチャレンジ

2015年9月7日。最後の『押し』はチャレンジである。

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林道を走行後のガス欠。幸い舗装路に出てからだった為大事には至らなかったが、ロードサービスを呼ばずに『敢えて』押した。

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およそ5km、1時間13分の『押し』
途中、何人もの人に声をかけられ助けの手を差し伸べてくれたにもかかわらず、それを断ってまで進むという、まさに『愚行』と呼ぶにふさわしい『押し』であった。
意地になって鵡川までの14kmを押す気になっていたのだが、5km地点でギブアップ。声をかけてくれたうちの一人が、ガソリンを持ってきてくれたので、それを給油し、私の『押し』は終わった。

その時の記事はコチラ

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以上が、私の『押歴』である。
総押距離は約40km。札幌から小樽位まで押したに等しい。

距離を一番長く押したのは、一番最初のアプリリアクラシック。12kmという距離を押せたのは、やはり高校生の体力があったからであろう。今でも押せるかどうか自信は無い。

一番大変だったのはk1だが、過酷だったのはRMXだろう。

数々の『押し』を経験してきたが、実はこれらはそんなに大変な事ではない。
だいちゃんガレージ史上においては、『押し』よりももっと過酷な出来事が多々ある。

まぁそれは、また今度の機会にしよう。。。

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by tm144en | 2017-03-22 03:57 | だいちゃん史 | Comments(0)
2017年 03月 21日

真のバイク乗り(前編)

「真のバイク乗りとは、自分の愛機をどれだけ『押したか』で決まる」

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(1)アプリリアクラシック50

1996年夏。私がまだ高校2年生の時。中間テストの期間中、勉強に身が入らなかった私は気晴らしに走りに行った時の事だった。
マシンはアプリリアクラシック50。

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(*借画像)

自宅から街中を走り、海を目指していた。
途中砂利ダートの道があり、興味本位で走ったのだが、それが間違いだった。舗装路に戻った時、後輪に違和感を覚えたので見てみると、パンクしていたのだ。
当時、ガソリンスタンドでバイトしていたので、パンク修理のスキルはあったのだが、アプリリアクラシックはチューブタイヤだったので、修理不可。

高校生の私の頭にあったものは、助けを呼ぶでも無く、バイク屋に連絡するでも無く、「とにかく押して帰ろう」ということだけだった。
これが、私の『押歴』の始まりである。

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札幌の樽川という場所から24条の自宅までのおよそ12km。
タイヤがパンクした状態で押すのは非常に大変なので、エンジンをかけた状態で駆動力を伝えながら押していた。
3時間位掛かったと記憶している。

帰宅後、テスト勉強どころでは無くなってしまったのは、言うまでも無いだろう。。。

(2)ZXR250

1997年秋。あのアプリリアクラシックの出来事から1年程経った頃。中免を取った私はZXR250に乗っていた。

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(*借画像)

しかし、調子の悪い状態が続いており、ある時出先でエンジンがかからなくなってしまった。

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札幌駅付近から、クルムスさんまでのおよそ3km。
250ccの車体はなかなか重く、半袖一枚で汗だくになって押していたように記憶している。


(3)RMX250

2007年秋。時は流れ、RMX250でオフロード走行に熱中していた頃だった。

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(*借画像)

仲間達と林道を走っていた時だったのだが、あやまって私だけ水たまりに水没してしまったのだ。
エンジンが掛かったままの水没だったので、完全に水を吸ってしまい、エンジン停止。全くかからなくなってしまったのだ。
しかも、土曜日の仕事前に走っていた時であり、この時点で時刻は15時。お店の開店まであと2時間という時間だったが、現在地はまだ山奥である。

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その時は取りあえずバイクを置いて、仲間のバイクの後ろに乗せてもらって林道から出て、車で家まで送ってもらった。
そのまま遅刻して仕事には出勤し、夜中の2時まで働いた。
仕事が終わったら、始発の地下鉄が動くまで仮眠した。
朝6時。地下鉄で真駒内まで向かい、そこから滝野にある林道の入り口までタクシーで向かった。

『押し』の前に、まずは林道を『歩く』所から始まった。
2時間程歩き、かれこれ18時間前にいたはずの場所にまた戻ってきたのだった。距離にしておよそ8km位だろうか。

試しにエンジン始動を試みたが、全くかかる気配が無かった。
意を決し、マシンを押し始める。アスファルトの道と違い、いくら軽いオフロードバイクと言えど、泥や砂利の道を押すのは容易ではない。
しかも、急な上り坂の試練も何箇所かあった。全身全霊の力を振り絞り、一歩、また一歩と確実に歩を進めるしか方法は無かった。

苦あれば楽あり。上り坂に苦しめられれば、下り坂のご褒美もあった。
したがって終わってみれば、歩いたのと同じ2時間程で舗装路までたどり着くことが出来たのだった。
それからはロードサービスを呼び、だいちゃんガレージまで搬送したのであった。

日曜日の昼下がり。せっかくの休日であるが、私にはもう何もする気力も残っていなかったのであった。。。


(4)TY250Zスコティッシュ

2009年6月25日。当ブログを開設してから、記念すべき最初の『押し』。

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これまた林道で、アホ隊メンバー君と2台で走っていた時に、私のマシンだけがエンジンがかからなくなってしまったのだ。
その時は、私が「登ることの出来ない坂を下ってしまった」ことが原因だった。
先に進むことが出来なかったので、マシンを引き返さなければならなかったのだが、全く登れない。
仕方ないので、2人掛かりでマシンを坂の上に上げようとしたが、阿鼻叫喚、地獄絵図。
マシンをひっくり返しひっくり返し、1時間以上かけてようやく坂の上まであげたのだったが、エンジンが掛からなくなってしまったので、そのままマシンはその場所に置いて、アホ隊メンバー君のバイクに乗って一旦帰って来たのだった。

そして後日、改めてマシンを引き上げに。その時の記事はコチラコチラ。

場所を全く失念してしまったのだが、支笏湖周辺の林道である。
軽トラで途中まで行き、その地点からマシンまでの距離が3.82km。押した時間は1時間弱。

車重の軽いスコティッシュだった為、RMX250の時よりも距離も短く、全然楽勝だったように記憶している。
そう。もはや、林道を1時間『押す』位のことは、むしろ物足りないとすら感じるようになっていたのだ。。。


後編へ続く


by tm144en | 2017-03-21 05:47 | だいちゃん史 | Comments(0)
2009年 02月 18日

だいちゃん史  (第4話  本物)

右膝の前十字靭帯断裂。詳しい話は、『アイテム紹介』タグの『ニーブレースの話』にあります。

手術をして、ちゃんと治す事は可能です。しかし、全治1年は掛かります。ですが仕事をそんなに休む事は出来ないので、僕には手術で治すという選択肢はありませんでした。

前十字靭帯の断裂は、個人差はあるでしょうが骨折と違い、とりあえず日常生活は送る事が出来ます。
事実、断裂した次の日からちゃんと仕事には出ていました。(腫れが引くまでは痛みが残ります。曲げ伸ばしもそれぞれ60%づつ位しか出来ません。100%出来る様になるには1年程掛かりました。)

そんな状態ですから、バイクなんて、特にオフロードはもうまともに乗る事は出来ません。
2〜3ヶ月もすれば、とりあえず走らせる事は出来ましたが、リアタイヤが滑って足をついたりしたら、「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」ってなりますから、もう話になりません。

でも、だからといって、もうオフロードを辞める、、、、、なんてことはとても無理です。しかし、手術をする事も叶いません。

どうしたら良いか?

とりあえず、跨がって、ゆっくりの速度ならオフロードでも走る事は出来ます。しかし、当時乗っていたのはRMX250Sでしたが、このバイクを林道で『ゆっくり』乗っても、なんの意味も面白味もありません。

だったら、、、、

バイクそのものに『意味』や『面白味』があったらどうか?

そう。『フサベル  Fe650e』です。
価格は150万(乗り出し当時価格)。『オフロードバイク』として払うお金の限度を遥かに超えています。
しかし僕はもう『オフ車』を『オフ車らしく』乗る事が出来ません。
であれば、高いバイクを買って、『箱入りバイク』として大事に大事に乗るのも一興かと。
『フサベル』なら、この僕にきっと『陶酔感』を与えてくれるに違いない。
どうせどんなバイクに乗ったって、乗りこなすことなんて出来ないのなら、いっそハチャメチャなバイクにしてやれ!

そう一念発起し、『気合い』でフサベルを購入した次第にあります。

そして、その考えは身を結びます。
欠陥右膝を抱えていても、『フサベル』は十二分に僕を楽しませてくれました。所有していること自体に喜びを得ることも出来ます。

そして、さらに本物の『エンデュランサー』というものの素晴らしさも思い知る事となります。
車体の剛性感、制動力、車体のバランス、鋭いエンジンレスポンスとパワー、どれをとっても、ハイレベル。RMXは所詮『公道用市販車』のレベル。RMはそこそこですが、モトクロッサーならではの扱いにくさが、僕の腕には余ります。
とにかく、『フサベル』を買って本当に良かった。靭帯の事なんてもうどうでもいいことに思えます。こいつは一生モンだ。。。。。。

、、、、、と思って幾許も無いある日、、、、

何となくインターネット上をウロウロしていた所、あるホームページに出会います。

それは『うえさか貿易』というtmの輸入販売元です。
『tm』とは、イタリアのオフロードバイク専門メーカーで、市販車では世界最高級です。
144ccの2Tで170万!!(乗り出し当時価格、オプション込み)
1cc1万円以上のバイクなんてありますか!?

tmは以前から知ってはいましたが、それこそ『浮世離れしたバイク』として深く調べたり、まして買おうか?などと考えた事もありません。
しかし、『フサベル』のワンクッションがあり、また、『本物』のバイクの素晴らしさを知ってしまった僕は、うえさか貿易のホームページを食い入るように見たのでした。

そこには、パワーや見た目を『売り』にした文句など一言も無く、『本物のバイクとは何か?』という事が滾々と綴られていました。

徹底した軽量化、低重心マスの集中、絶大で且つ繊細なブレーキ性能、路面に吸い付くような前後サス、、、、、、
『安全に止まる事が出来るバイク。それが本物のバイクである。」
共鳴し、感銘を受け、ある事に気がつきます。
「BMWに似ている」と。
BMWのコンセプトもまったく同じです。

そして、僕の大好きな『2ストロークエンジン』の、ナンバー付き世界最後の車両というではありませんか!!
「買うしか無い!!乗る乗らない別にして、なんとしてでも買うしか無い!!」

人として『正常な判断』が出来ていたのかどうか?
しかし、今となって『後悔』などと言う物は微塵も有りません。10年ローンですが、10年経っても色褪せないバイクですから、それもありでしょう。
そして何より、『究極のバイク』を手に入れた訳ですから、天にも昇る気持ちです。
もちろん『フサベル』は手放していませんし、tmに劣るとも思いません。

こうして、多額の『ローン』を抱えた人生を歩んでいる訳ですが、何一つ後悔はありません。全てが実になり、僕の生きる糧になっています。

また、素晴らしいバイク人生を歩む為に欠かす事の出来ないモノ。それは、『素晴らしいバイク屋』との出会いです。

陸王
クルムス札幌
インディアン
SBS札幌
ミカホスポーツ
AUFWIND
DUCATI札幌
うえさか貿易         (出会った順)

このショップ無くして、僕の人生語れません。
また、このショップを通じて知り合った、多くの『仲間』達。バイクは1人で乗る物ですが、バイク人生は1人では歩めません。
僕は人見知りで意地っ張りで面倒臭い人間ですが、『仲間』達と共有するその一時は、何物にも代える事が出来ません。

全ての始まりは、あの日『アプリリア クラシック』に乗った時。
今があるのは、多くのバイク屋及びバイク仲間と出会ったから。



、、、、、、、、、、、完

by tm144en | 2009-02-18 05:56 | だいちゃん史 | Comments(4)
2009年 02月 13日

だいちゃん史  (第3話  安全)

その店の名は『AUFWIND』、BMW Motorradのディーラーである。

T氏のススメで訪れたが、その理由は『試乗』。
僕は今まで『試乗』という事に興味を示した事はありませんでした。バイクを選ぶ基準が『見た目』と『カタログスペック』だけだったからです。「乗らなくても、大体判る」というのが本音。
その日もあまり気乗りしませんでした。「別に買うつもりなんて無いし、興味も無いし、、、」。しかし、せっかく仲良くしてもらってるT氏が、そこまでススメるのならと、思い足を運んで来た次第。

その日試乗させて頂く事になったのは、『モトグッツィ カリフォルニア ストーン 1200』です。
「アメリカンじゃん。」キョーミねぇ〜、、、、。一通りの説明を受けたが、聞いていたのかどうか。。。
「警察だけは気を付けて下さい。」この言葉だけが妙に頭に残っていました。
試乗でスピード違反する訳無いじゃん。したとしても、一瞬だし。

とにかく、夜の市街地に向け『グッツィ』のクラッチを繋いだ。
「ほぉ。以外に面白いかも☆」
始めはそんな風に思っていました。次の瞬間スピードメーターを見るまでは、、、、
「!!!!!!!!150km!やべ!出し過ぎてる!あ!コーナーが!あ!もう!あ〜〜〜〜〜、、、、、、、、、、」
何がどうなったのかよく判らないが、『グッツィ』はス〜っとコーナーを曲がっていきました。。。。

店に戻って来た僕の足は、震えて元に戻らなくなっていました。心臓も高鳴り、腕も震え、意識も朦朧としてました。
少し落ち着く為コーヒーをご馳走になり、さっき起こった出来事を振り返りました。
一応断っておきますが、この時点で僕は『748』と『DR650』を所有していたので、まるっきりスピード感覚が足りないはずはありません。
無いはずでしたが、思い上がりというか、次元違いというか。。。『速さ』の質が違うということを、『試乗』する事によって痛感したのでした。

AUFWINDの方に、色々お話を聞かせて頂ました。勿論、さっきまでと僕の目の色は違っていました。グッツィとは、BMWとは、バイクとは。。。。

上の2台に共通する事。それは『低重心、圧倒的で且つ繊細な制動力、シャシー剛性、立ち上がりの早いトルク曲線』。どれもカタログには載ら無い事柄ばかりです。そして、この要素が先ほどの感銘を僕に与えたのです。

それは何の為?

全ては、『安全で、快適で、末永く付き合えるバイク』である為。

僕にとってバイクに乗る事は、趣味です。ですから『楽しさ』という要素は外せません。
しかしそれがもし『危険な乗り物』だったらどうでしょう?
例えば、遊園地のジェットコースター。とても楽しい乗り物ですが、もしレールが途中で切れていたら、、?もし脱輪して転落したら、、、?それでも『楽しそう』と思えるでしょうか?
そんな訳ありませんよね。『楽しそう』と思う為には、『この乗り物は絶対安全だ!』と思えるかだと言えるでしょう。
バイクにも同じ事が言えます。
どのバイクが駄目だ、とか、BMWが完璧だ、とか、そういうことではなく、『どういう心構えでそのバイクに乗るか?』ということです。

車体の安全性は論を俟たず、運転の心構え、服装の心構えにも至ります。
そして『抜かり無し!!』となれば、そこに待つのはハッピーバイクライフでしょう。

このような考え方が出来るようになったのが、偏に『AUFWIND』さんのお陰です。それまでのバイク屋さんからは学び得なかった事です。それでいて一番重要な事でもあります。

それからというもの、僕の人生感はすっかり変わってしまいました。ひたすらに『物事を追求する』ということです。
ある事象、それはなぜ起こったか?その原因はなぜ起こったか?そのまた原因はなぜ起こったか?起こらない為にはどうすべきか?

バイクは理屈の乗り物です。感情で乗れる人も、実は理屈が通ってます。
僕はもともと理屈っぽい性格なので、こういう考え方が性に合ってます。ですが、バイクに乗っている時まで頭を使いながらなので、思い切り良く乗る事が出来ません。
(あ、誤解の無いよう申し上げますが、僕は全ての理屈を理解している訳では有りません。というか、100分の1にも満たないでしょう。。。)

しかし、それで良いと思ってます。なぜなら趣味で怪我をして、仕事に差障りが合ってはいけないからです。僕のしている仕事は、代わりがいないので責任重大です。乗ったからには、100%無事に『だいちゃんガレージ』に着くこと。これが鉄則です。

ところがある日、ついにやってしまいます。そう、『前十字靭帯断裂』です。
また岐路です。
しかし今回は、良い方に転がったのか、はたまた悪い方か、、、、?


続く、、、、

by tm144en | 2009-02-13 08:52 | だいちゃん史 | Comments(2)
2009年 02月 11日

だいちゃん史  (第2話  岐路)

僕の人生を大きく変えた店。それは、今は無き『バイカーズステーション インディアン』です。
たまたまこの店にオイル交換を頼んだ事が、大きな岐路となるのです。

以前からショーウィンドウに、『DUCATI 748』が飾ってあったのは知っていました。映画の影響も有り、憧れのバイクでした。
ですが、大型免許を取る事を考えると二の足を踏んでましたし、第一そんなお金はありません。数日前に別の店で、『アプリリア RS250』のローンを組もうとしましたが、通らなかった事実があり、手に入れる事は夢のまた夢。。。。

オイル交換の待ち時間中、営業の女の子にそんな話をしてました。「いつかは乗りたいっすねぇ」みたいな、至極曖昧で行動意志の無い話です。
その時その子が一言、
「とりあえず審査だけしてみませんか?」
は?何を言ってるんだ?さっきローン通らないって言ったじゃんか?聞いてた?人の話。「いやぁ、通んないから意味無いっすよ。」
「じゃぁ、通ったら買ってくれます?」
通ったら、って、、、あ、そうか、話嘘だと思ってんのか?「いいっすよ。通ったら買いますよ。ついでに免許も取りますよ。ツナギもメットもグローブも、全〜部買いま〜す♪」





「審査、OKでーす♡」
、、、、、、、、、、、、、、、、!!!!!!!!!!!!!!!!!!え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まじぃぃぃぃぃぃ?????????????
想像を絶するその返答に驚き、ただただ目を丸くするばかりでした。
しかし数分もすると、じわじわと実感が涌いて来て、オイル交換が終わる頃にはもう頭の中では『DUCATI ライフ』の妄想が渦巻いていました。
この店の、信販会社との取引関係がどうなっているのかはさておき、約束は約束です。早速ローンの申し込みをし、次の日から教習所に通う事となるのです。

大型免許を、自分の意志だけで取ろうなどと思った事はありません。それは、大排気量車に乗った事が無い人なら、おそらく普通の考えでしょう。400ccもあるバイクに不満など、日本の道路交通法的にありえないからです。
しかし、乗ってから思う事は皆一様、「乗って良かった!」です。乗らなくて良いなどと思って片意地張っていた自分が恥ずかしい限りです。

人間は生きていく上で、時に理屈抜きで『とりあえずやってみる』事がいかに大事か、この時思い知らされました。

それからというもの、毎日のように店に足を運んでいました。とてもフレンドリーな感じで、厳密に言えば『馴れ馴れしい』とも取れますが、僕にはとても心地が良く、反って気を使わずにいられるので、ついつい店に入り浸っていました。
そして色々な事を経験させてもらいます。
大勢でツルんでのツーリング、オフ車で林道を走ったり、レースに出たり、整備の人にバイクの『触り方』を教えて貰ったり。。。。

ここで出会った人々が、今の僕のバイク人生を支えています。
この店に出会っていなければ、あの時オイル交換をしていなければ、あるいは今僕はバイクに乗っていなかったかもしれません。

ちなみに『ローンのよく通る』この店でその後、RMX250を2台、RM125、ジョーカー90、BETAテクノ、BETA REV3、シンユウ、グース350、ジェベル、GPZ 750を2台、DR250(順不同)を買う事となるのです。(現金一括の物もあります)

2年程通い積めたある日、また大きな岐路がやってきます。
当時この店の整備士だったT氏のススメで、あるBMWのディーラーに遊びに行く事になります。
『フレンドリーインディアン』とは対象的なその店は、スタッフが本当に心からバイクを愛していました。『バイク屋』ではあるが、『商売』してるというよりは『バイクとはどう有るべきか?』を、日々来店される方々に熱く語る。そういうちょっと変わった店でした。

理屈大好きだいちゃんが、この店に恋をするのに、さほどの時間はいりませんでした。


続く、、、、、、

by tm144en | 2009-02-11 07:14 | だいちゃん史 | Comments(0)
2009年 02月 10日

だいちゃん史  (第1話  発端)

今の僕にとって、バイクとは人生の全てになってしまいましたが、突然そうなった訳ではありません。


出会いは16才、高校生。友人が原付免許を取り、『アプリリア クラシック』を乗っていました。
「ちょっと乗せて」が運命を変えます。「すげー!速ぇ〜!!」
僕の性格は、思い立ったら即行動なので、次の日にはもう原付の試験勉強をしていました。
そしてバイク選びですが、色々調べた結果アプリリアクラシックに勝るバイクは無い、ということになり(当時の見解)、親に保証人になってもらいローンで購入。思えばこの時から僕の『ローン人生』は、片時も休む事無く続いています。

免許もバイクも手に入り、(本当はバイクの方が早かったので、ちょいちょい無免で乗っていた事は秘密です☆)晴れて公の場でバイクに乗れることの喜びは、例えようがありません。
例えて言うなら、ドラクエで『船』をゲットして行動範囲が広がった時の気持ちに似ているでしょうか。(←笑って下さいね☆)

そして中免を取り、ZXR250を購入。全塗したり、分解したり、もしかしたらあの時が一番バイクが『楽しい!!』と思っていた瞬間かもしれません。
しかし18才になると、車にも興味を持ち始めました。ドリフト的な事がしたくて、そういう車を乗り継いできました。この時のウェイトは車の方が重かったように思います。

その後ZXRの故障を機に、250γspを購入。峠攻め『ゴッコ』して、それはそれで楽しんでました。
ところがある日、母親の影響で『ツーリング』なる物に興味を持つ事になり、2泊3日の道東の旅に出る事になります。目的地は『野付半島』と『サロマ湖の先端』です。
生まれて初めての大冒険に、もう気分は有頂天でした。
そして、帰って来てから思うのです。「ガンマじゃ駄目だ!この広い北海道を走るにはアメリカンじゃなきゃ!」

そう。この時から既に『適材適所の精神』があったのです。一つのバイクで色々するのではなく、『やりたい!』と思う事に適したバイクに乗る。21才のことでした。

そしてドラックスター400cを増車。思う存分ツーリングを満喫しました。半年で16000km走りました。
ここでまた思うのです。「ずいぶんダートが多いなぁ。ダートが走れなきゃ行きたいとこにも行けない。。。ていうか、オフロードバイク面白そうかも♪」
『適材適所』の精神が今度は僕に、XLRディグリーを買わせる事になります。勿論増車です。この時はまだガレージを持っていなかったので、家の前に3台止めていました。

オフ車は面白い!躍動感に満ちていて、乗る事自体に面白みが詰まっています。ドラックスターに乗る時は、目的地を必要とします。ガンマの2スト感も、良い事は良いが転んだ時の事を考えると恐怖が先に立つ。
ところが、オフ車は転んでも大した怪我もせず、最初の内はテクニックがみるみる上達するので、沸き立つような楽しさがあります。しばらくの間は海での練習がほとんどでした。

ある夏。ドラックスターでの連泊ツーリングの帰路、オイル交換をしてもらう為、車両を購入したバイク屋さんに持って行こうと思ったが、そこは家から少し遠く、疲れていたこともあり近くにある方のバイク屋さんに持っていく事にしました。

これが僕の人生最大の分岐点となるのです。これがなければ、今はありません。もっとつまらない人生を歩んでいたことでしょう。

続く、、、

by tm144en | 2009-02-10 04:26 | だいちゃん史 | Comments(0)